2010 start
あけましておめでとうございます。
大晦日・元旦は例年同様に仲のいい友人たちとグダグダかつダラダラと過ごした。何の準備も何の予定も立てずに。そもそも毎年集まることすら予定してないしね。こういういい加減な感じがぼくにとっては実に心地よい。例年通り寝てばかりの友人がいる一方、今年はお喋りな友人がひとり加わったので、例年よりは騒がしく過ごした。
年明けてグダグダやってるなかの会話で、ある友人が「オレ、なんかそういう真面目な会話に参加するの苦手やわ。参加できへんわ」と言った。
なんだろう。なんかちょっと違和感あった。真面目な会話ってのとか、それを苦手を感じるのもわかるんだけど、ぼくは多分会話を区別してないんだなぁと思った。ぼくがやってるのは仲良しの友人との会話であって、「真面目な会話」というのをやっているという気は全くなかった。彼にとっては苦手というか不得手なんだろうなぁと思う。わからないんだろうなぁと思う。でも、ぼくはそのままで会話に参加していてもらいたかった。だからぼくは「今喋っていたのは、二人だけだったけど、君も参加してるんだよ」というようなことを言った(寝てるひとは参加してないけど)。「参加出来ない」と言った彼に「参加してる」って思ってもらいたかった。話さなくても参加してもらいたかったし、なんか思ってもらいたかった。わからないのなら「わからない」と言って欲しかった。「わからない」と言われることを排除してしまいたくないし、むしろぼくは「わからない」と言ってもらえるのはすごく嬉しい。そういうの排除したがる人間がいるのは確かだとは思うけど、ぼくはそうじゃないし、君はぼくの友だちでぼくは君の友だちだ。そういう会話が嫌いなのなら仕方ないんだけど。
あと、友人が「今までいい加減だったけど、やりたいことキッチリやりたい」と言っていたので応援したい。ぼくも同じ気持ちだ。自分に対して邪悪になるな。
友人が「Mac買うわ!」と言っていたので、徹底的にMacのダメなところを列挙しまくった。それでも彼は買う気のようだ。愚かだと思う。でも、ぼくは賢い人間より愚かな人間のほうが好きだ。ぼくの言語が通用するような気がする。
初詣はいつもとは別の神社で。賽銭投げて、カランカラン鳴らして、手を合わせたんだけど、何も思うことがなかった。何かを願うようなことはもうなくなってしまったのか。世界平和とか願えばよかったと、あとでぼんやり思った。諦めすぎ。
もっと話したいなと思った(今回は結構頑張ったけど、やっぱり寝てばっかりだったひととか)。たくさん話して、「あぁ…言葉には限界があるな…」と思いたい。
ぼくは昨年一年間もみなさまに生かされました。愚かなぼくを今年もよろしくお願いします。今年はまだ見ぬ誰かに会いたいと思います。


