もう2週間ほど前のことなんだけど、最後に働いてから丸1年が経った。今回のニート一周年。

過去に2年半ニートやったことあるからどうってことないんだけど、なんとなく気持ち的に「あぁぁ…」という感じになってるような気がする。この2週間くらいでぼくが思っていた、もう一段下に落ちる、という感覚を味わったような気がする。この一年、中々落ち切らなかった気持ちがストンと落ちた。

以前、落ちた感じがあったとき(2年半ニート時)はなんかもうスゴく絶望感で溢れていた。実際に目の前が真っ暗になった。お先真っ暗じゃなくて、眼を開けていても閉じていても変わらない真っ暗。まぁでもそんなのって結局気分の問題だったから、1週間とか2週間もすればなんてことはないただのぼくに戻った。

その時期(ニートスコア: 2.5)を抜けてろくでなしながらに働いていたんだけど、その生活の中でふっと絶望感が戻ってくるような感覚が時々ぼくを訪れた。不安のもう少し先にある感じのもの。なんだろう、おしっこ漏らしちゃうような感じの。得体の知れない恐怖みたいな。幽霊。でもやっぱりそれも結局気分の問題で、普段のぼくは寝癖でバカな顔をしてキーボードにジュースをこぼしながらヘラヘラした顔で毎日生きていた。ただのぼくだ。

でもなんとなくその絶望感からはずっと逃れられないんだろうなと思っていた。ヘラヘラしていてもぼくはどこかでそう感じていて、足を止めてしまうようなことが何度もあった。でも同時に、それに慣れてしまったぼくにはもう一段下もあり得るんだろうとも思った。バカな笑顔を皆に振りまきながらそう思っていた。ぼくはどのタイミングを思い返してもバカだ。

そしてまたこの暮らし(うんこ製造機)に戻って、そのもう一段下を期待したんだけど、長らく全く気配も何もなかった。空は青いし、Webは面白いし、Urban Musicはぼくを震わせたし、ぼくの作るペペロンチーノはおいしかった。安定したニートだった。
それがやっと引き千切れてなんか違う感じになった。ぽっかり感。このぽっかり感はすごい!という感じ。真っ暗感の次はぽっかり感だったんだなぁって思った。多分ぽっかりで合ってると思う。
でも、でも、やっぱりすぐにただのぼくに戻った。コーンフレークうまい。

今日もたぶん、昨日と似たような一日で、明日もたぶん、今日と似たような一日になると思う。
追記: 090429
このエントリーはぼくの大好きな白やぎちゃん先生の、何回も同じ写真を使う手法を用いて書きました。がしかし、先生の足元にも及びませんでした。先生は偉大です。先生は大きいです。
またいつか使います。
ぼくも思う。でもIE6やそれを使うユーザーを無視してないから「ウザい」って言うんじゃないの?言っちゃいけないの?お口チャック?

錯覚してしまうほど一年前からほとんど変わらない年末年始を過ごした。
ここから先は一年前とは違う流れになることを、手を合わせ祈った。
同じような詩を二度聞かされ、ぼくは解釈に困り、その詩を捨てた。
一昔前のストリートファッションは丁寧な言葉を使い、緑色のガムは規則的に見え隠れした。
移ろいの中に見たものは諦め捨てられた白さだけだった。
在るものは常識はずれの速度で消費され、ぼくは次の猶予を求めた。
他人の快楽を纏い、心地良さに沈み、引き換えにタイミングを失った。
贋物の贋物と贋物は暗がりを求め、ぼくはいつの間にか奪われていた。
動いている間に零れ落ち、止まると溢れ返ってしまい、呻き声に責任転嫁した。
というかんじ!
みんな、ことしもよろしくね!
えーと、何から書こう。何を書こうか。なに書いてもバカにしかなんないんだけど。
今年はいろいろあったなぁ。
自分の立ち位置が変わるようなことが何度かあった。考え方も変わった。過去の日記を読み返すと、自分が書いた日記とは思えない。なんでそう思ったの?って。誰、これって。なにやってんの?ばかなの?死ぬの?って。
ちょっと自分の中がざわざわし過ぎてる感じだったような気がする。今現在はそうでもないけどね。静かで単純が信条なのに、全く違う流れになってた。F*ckなクソッタレな自分を取り戻したい。いやまぁ、F*ckでクソッタレなことやってたんだけどさ。なんかもっとアホくさい自分ね。
だけど、仕事は相変わらずで全然働かなかった。春頃に数ヶ月働いただけ。桜とともに散った。
あーそれと、ちょちょっと家で仕事したか。
今年も「なんか作んの」はうまくいかなかったかな。後半はというか最近はちょっと上向いてきたけど、まだまだだね。まだ自分をうまく動かせてない感じがする。数年前まではガンガン動いてた感じあったから、余計そう感じる。筋肉痛でうまく体が動かせない時みたいな感じ。これが老いないのかな。認めないけど。
来年は今年よりも、なんか作る。常に。
あー、今年は脱マクドというか、マクド以外の選択をすることが多かったな。特にEeePCを手に入れてからは顕著だった。ガストに住んでた。ガスト→ガストというハシゴも。
ガストの店舗毎に客層・空気感が違うのが面白かったのか、ただガストバーガーに惹かれたのか。まぁガストバーガーはなくなっちゃったんだけど。悲しいことに。
今年も27年来変わらずの痩せ形体型だったんだけど、食べても食べても痩せていく体になってしまった。食べる量は増えてるのに体重が減ってく。別に体の具合が悪いとかってのはないんだけど。なんか食べんのがバカらしく思えてくる。あーこれ食ってもただただ排泄されていくだけなのかーって。
それと、ずっと会いたかった人に会えた。ぼくが死ぬまでに一度会えたらいいかなって思ってたんだけど、もう会えちゃった。あーあ。喪失。
でも、会ってどうすりゃいいのかわかんなくなって、わーってなって爆発した。
ぼくは会ってどうしたかったんだろう。会いたいってなんで思ってたんだろう。ぼくはぼくのことがよくわからないままだった。これがぼくらしさですか、小心者で幼稚で成長しないのがぼくですか。ファック。
もう会えないのかもしれないけど、まぁそれでもいいかな。あんまり欲張れるほどぼくは善い人間ではないし。また爆発しちゃうし。それで問題はないんだよね。
という感じの一年だった(ざっくり)。
ぼくは来年も静かに単純に生きる。まだもうちょっとやりたいことがあるんだ。だから許して!
あ、来年は働きます、多分(少しは)。天の邪鬼なので、景気が悪くなったら働き出すのです。
それではみなさま、よいお年を!
1440×720くらいの2:1の液晶で、キーボードの右側にトラックパッドがある。そんなノートパソコンが見てみたい。横長の。
タイトルの通りです。でも一部です。個別ページではAutoPagerizeしません。
標準的なBlog(このサイトもね)だとアーカイブのページは「次」が古いページで、「前」が新しいページになってるよね。だけど、個別エントリーのページの「次」は新しいページで「前」古いページよね。うん。
んで、ローカルの環境でこのサイトをAutoPagerizeに対応させて、どんなもんだろーとチェックしてみたらキモいキモい。なぜかっていうと、アーカイブのページはAutoPagerizeすると、古いものがだーっと出てくる(期待通り)のに、個別ページだと新しいのがだーっと出てくる(期待と違う)。AutoPagerizeはスクロールすると「次」を出す(rel=nextが付いたlinkを読み込む)からちぐはぐな動きになっちゃう。
かと言って、「前」のページへのリンクに rel=next って付けるのもなんか違うよねーと思ったので、とりあえず個別ページはAutoPagerizeに対応しないことにしました。
なんか対応しないことにしましたなんて書いたけど、結構これが頭の中にずっと残りそうな気がしてやや憂鬱な気分。「次」とか「前」とかの意味がページによって違うってことがね…。ま…う…。
そういや、はてブは「<」が新しいページで、「>」が古いページなんだよね。こっちの方がいいのかな。あ…え…。う…。
さっそくもやもやしまくってる。このまま散歩に出たら3か月くらい帰ってこないくらいもやもやしてる。
あ!AutoPagerizeって何?ってなった人へ。
Webでいろいろ見てる時に「次へ」ってリンク押すよね。年間に何万回か押すよね。でも、AutoPagerize入れるとそれ押さなくて済むよ!多分、マウスの寿命がグンと伸びるはず!
詳しくはググってください。
Firefox+Greasemonkey+AutoPagerize、サイコー。
ぼくが忙しいと口に出したことはおそらくかなり少ないのだとおもう。それよりなにより、ぼくの過去には忙しかったことなんてなかったのだとおもう。口に出せない。これからはどうだか知らないけど。
みんなどこか困ったような怒ったような残念そうな、それでいて少し自慢げにぼくに言うの。「忙しくてさ」「暇がなくてさ」って。苦くておいしいってこういうことなのかな。
ぼくは今日も当たり前に忙しくない。だけど、今日も暇じゃなかった。おかしいなぁ。
あなたの今日はどうでした?苦くておいしかった?
快楽のために毎日がある。だらしなく毎日がしあわせであることではなくて。ただただ不定期で一瞬の快楽を求め続ける。
しあわせを求める人は愚痴をこぼす。共通の敵を欲しがり、要求に応え続ける。当たり前のように自分すら恨めずに死んでいく。
幸福すらあらかじめ定義付けされ、要求されるのか。哀れだ。
レバーを食べようとしないぼくくらいに哀れだ。
サンダル履いて歩いててさ、ああ楽しいなって思うの。ただ歩いてるだけなんだけど。
んでさ、気付いたんだけど、音が楽しいのかもしれない。
「つかっつかっ」
女の人と同じような音がするのがね。